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1st album『ひとつ』とは

Self Liner Notes  2024
インタビュー・文 ユリアン

 

1st album『ひとつ』とは

アルバムを作ろうと決めたきっかけは、FMヨコハマの『KANAGAWA MUSIC LAND FIRST BREAK』(現在は番組終了。後継番組『あつあつ音楽人』)で『寝る前にフロス』をオンエアしてもらって、Xで100いいねを達成したことで番組に出演できるという話がきたこと。10曲くらい必要なので、未発表曲も音源化しないとと準備を進めました。ワンマンライブの直後だったのもあり、バンドメンバーの曲の理解度も高かったから、ちょうどよかった。

 2018年から始めたシンガーソングライターとしての創作活動にひと区切りついたタイミングだったのもあります。私の内なる世界に生えている「野草」を探すようなやり方で曲を作る時期が「ひとつ」終わったかなって気がして。「一人」の世界を掘り下げて作った「一つ目」のアルバム、『ひとつ』。小さな石ころを投げては音の鳴る方へ、一滴の水が滴り続ける音の鳴る方へ、一歩ずつ歩んだ。手を差し伸べてくれた人たち。すれ違った人たち。歌を聴いてくれた人たち。出会ってくれてありがとう。思い通りにできない自分が情けなくてやめてしまいたいと思うときもあった。バカにされても、自分の持てる力をすべて尽くした時は自分が誇らしかった。私のために集まってくれたライブも、終われば帰り道は「ひとり」。見上げた青空の絶対的な孤独感を忘れない。あれもやりたい、これもやりたい、どんどんアイデアが湧いてくるわがままな自分に呆れながらも楽しくて夢中で。逆に何をやってもこれまでの自分と同じかと、飽きてしまった時もあった。進んでるのか止まっているのか後退してるのかわからないけど、着実に螺旋階段のように見える景色は変わってきている。

 これまでは、自分を主人公として歌を作ることが多かった。どんな感情になったか鮮明に覚えてるから。でもいざ歌ってみると、自分の歌なのに、その気持ちで歌えない。ここ数年はその戦いでした。やっとこのアルバムを出すことで、そんな私も次のステップに進めそう。これからは自分の体験だけじゃなくて、あらゆる人の気持ちにワープして歌を作り、歌うことで表現していきたい。『ひとつ』の先は、いろいろな世界観との「×掛け算」をして、その先へ広がって転がってゆけ!と思っています。

Track 01. ハロー、地球。

 シンガーソングライターのマイア・ヒラサワさんの音楽をたくさん聞いていた時期に生まれた曲です。彼女の影響を受けて、広い大地の中を電車が力強く駆け抜けるような、風景がバァーっと広がる曲を作りたいなと思っていた時期。構想するうちに、外向きに広がっていくようなメロディーが浮かんできました。このときヨガにはまり始めていたので「これだな」と、「ハロー、地球。」のストーリーが生まれました。

 私がとても気に入っている、サビの「ハロー」。とても言い慣れている言葉ですよね。曲の中では何度も「ハロー」と言いますが、1番のハローは誰に言おう?2番のハローは宇宙の惑星の友達に言おう!って、ハローを受け取る相手との距離感を楽しみます。言葉は通じなくても、心臓の鼓動はみな同じ。そんな友達みんなに「ハロー」って言うような歌です。

 ヨガには『シャバアーサナ』(屍のポーズ)というのがあるんですが、一通り動いた後に、全身の力を抜いて、脱力するんです。静寂の時間に入って、無になる。スピリチュアルな世界とつながって、宇宙に転がる一つの石みたいな気持ちになっていく。何か大変なことがあって気持ちが追い込まれても、いったん『シャバアーサナ』して、できるだけ気が遠くなるぐらい視野を遠くに持っていってみよう。どこにでもワープできる。天井を突き抜けて、世界の人みんなに会えて、さらに突き抜けていけば宇宙人にだって。地球にある命って本当にすごくて、きっとみんな「宇宙の子ども」として繋がっているはずって思える。私だって、草花や石ころの一つ、それだけの存在であればいいかなって思える。そういう曲ですね。

Track 02. ビューティフル

 沖縄の鍾乳洞での、幻想的な体験により生まれた歌です。友人に招かれて何の気なしに行ってみた鍾乳洞には、ぽたぽたぽたって、ずーっと水が滴っているんです。その水滴が長い時間をかけて積もって鍾乳石を形作るんだけど、1センチ積もるのに100年かかるらしい。人の一生分もたった1センチ!? と思っただけで気が遠くなってしまった。さらに進んでいくと、2万年前の鹿の骨が埋まっている地層があった。2万年前に家族と野を駆けていた鹿のことを考えながら、耳にまだ「ぽたぽたぽた」の水滴の音が響いていて。この等間隔の音の間に、歴史の一瞬にしか過ぎない現在があって、私が生きている。そう思ったら、いまここに生きていることの有り難さがずんと胸に響いて、溢れてしまいました。悠久の時間のなかにぽつんとある、自分。このときはまだ曲にはならず、そういう状況にただ圧倒された感じでした。

 後日友達とお泊り会をして、夜にはしゃぎすぎて、時計の音が気になって眠れないっていうことがありました。時計の音が、かこ、かこ、かこって鳴り続けていて「かこ、かこ、かこ、今が過去になってくー」っていう曲の始まりを思いついた。それが鍾乳洞の体験と結びついて、今の『ビューティフル』になりました。

 地層の鹿や鍾乳洞の話をする1番の後に、ピラミッドや地上絵に思いを馳せた2番ができました。私もいつか死んで骨になったりして、2万年後の人にメッセージを伝えられたりするのかなって。今、私という魂が肉体を持って生まれて、生きていることが本当に尊いことで、その人生の輝きを後世にも伝えられたら素敵だなと想像して作りました。すべてがお気に入りの曲です。夜の誰もいない美術館で聞くのが夢。

Track 03. うっとりしちゃう

 友人のきむりえとやっていたアラサー女子のあるあるを歌い踊るユニット『キャバレー遊び足りない』の後、ソロ名義でシンガーソングライターをやっていこうと自分で決めたのに、実際できるかわからなかった。そんな自分自身を励ましたくて、「自分に惚れる魔法をかけよう」というテーマを据えて作ったのがこの曲なんです。

 誰しも、結局は自分のために生きてるじゃないですか。みんなそうだから、ちゃんと自分のことを大事にしたほうがいいんです。他にどんなに美人がいても、自分がどんなに変人でも、私をやれるのは私しかいないし、自分の世界を創り出せるのも私だけ。なりたい自分になれる魔法や呪文で、要はナルシストになろう!って。爪をきれいにしたり、リップを塗ったり、こんな些細なことでびっくりするくらい気持ちが上がりますよね。鏡を見て、自分に見とれちゃおう。自分を一番推していこうよっていうメッセージを込めました。

 「春」というのも一つテーマにあります。シンガーソングライターになることを決めた私の才能や知らない自分が埋もれている状態を、冬にたとえて、ここから何か生まれる気がする・色々なことが変わる気がするっていう思いから、「私の春でもひとつ始めてみましょう」と。数多くのテレビドラマ音楽を担当する鈴木ヤスヨシさんに、オケにも二胡の音を入れて、ポップに春めいた雰囲気にアレンジしていただきました。

 歌詞のどこも、私らしさをなくさないように何か月もかけてこだわり抜きました。「うっとりしちゃう」っていうサビ、本当に最高。「う」から始まる歌詞は、歌いにくいからポップシーンでは避けられやすいそうなんですが、ひと筆書きでひらがなでかいたときの可愛さとかも含めて、この言葉を選ぶことができてよかったなと思います。あとは、「恋でもひとつ始めてみましょう」の「ひとつ」っていう言葉とか、「あれまこれはホの字です」とか、昭和全開なところも私らしいポイント(笑)

 初めて作詞・作曲した曲なので、生みの苦しみもたくさんあっただけに、思い入れの強い曲です。アルバムの中で一番思い入れがあるものはって聞かれたら、『うっとりしちゃう』になっちゃうだろうなあ。

Track 04. もったいないから

 自炊をするようになって、野菜を切ってスープを作っているときに、口ずさんでいたメロディーから生まれた曲です。

 風邪をひいて、自分で食べて治さなきゃと思ったのをきっかけに、自炊するようになりました。不慣れなうちは、体調が悪い中ジャガイモや玉ねぎを切ってたら指を切ってしまったり、泣きそうになりながらやってた(笑)

 そんな時に、辰巳良子先生という料理研究家の『あなたのために』という、スープが体系的に整理された本に出会い「人が生を受け、いのちを全うするまで助けになるのはおつゆものと、スープである」という言葉に、魅了された。そして「滋養欠乏の限界状態で摂れば、一瞬にして総身にしみわたる、一口吸って、ほっとするところ」であると。スープって本当にすごいんだな、ごはんと毎日のスープを作るだけでいいんだなと思うようになったんです。

 こういうことを考えながら、リズムに乗ってスープを作っていました。食材を余すことなく使い切ることも、自分の栄養になっているんだなと思ったり、「いただきます」の意味を考えたり。五臓六腑に染み渡るご褒美とか。思ってることとメロディがきれいにはまって、歌詞ができました。スープの曲って、オーガニックで暮らしに寄り添ったイメージの曲になりそうなのに、「ロックンロール給食」になってしまうのが田口のうたです(笑)

 

Track 05. 寝る前にフロス

 5分くらいでできました(笑)フロスをしないと虫歯になるなんて知らず、「どうして誰も教えてくれなかったんだ!」という憤りから、ミュージカルのように「そうよ、私、虫歯がいっぱい」と家で独り歌いだしました。『RENT』状態でした。

 毎日の歯磨きだけでは足りず、フロスしていないから虫歯になり、歯医者に通いすぎて歯医者に恋をしてしまった。全てがするすると歌詞のネタになりました。

 この曲のファンキーな雰囲気は、SUPER BUTTER DOGに影響を受けています。虫歯治療が重なった時期にも、たくさん聞いていたんですよね。ファンキーなビートに日本語を入れるのに憧れもあった。2番でラップをしたのは、楽さん(※プロデューサーの二宮楽)プロデュースの結果。

 「寝る前にフロス!寝る前にフロス!」のサビは、かなりキャッチーなのですぐに覚えてもらえる歌にできたなと思います。ライブで聞いてくれた子供たちが、サビを覚えて「しゅくしゅく!」って合いの手を打ってくれたり(笑)。FMヨコハマでもオンエアいただき、好評でした!オリジナルフロスを作って、プレゼントするキャンペーンもやっていて、実際に「寝る前にフロス」を歌いながらフロスをするようになったという声もあり、(意図せず)広がる力が強い歌だなぁと思います。。「フロスの女王」になって、「8020運動」、「80歳まで20本の歯を」キャンペーンも背負って行きたいと思います(笑)

 

Track 06. 君のナハトムジーク(feat.umami)

 「feat.umami」とある通り、有限会社umamiの楽さんにトラックから作ってもらった稀有な曲です。歌詞とメロディーが同時に出てくるところから始まる私の曲の中ではとても珍しく、先にリズムが決まってから歌が乗ってできました。現代的な曲はリズムから作られるものが多いということで、初めての挑戦でした。

 この曲には楽さんのイメージが強く入っているけど、コンセプトとしては「真夏の眠れない夜」を考えながら書いてみようって感じかな。だから「夜の音楽」という意味を持つ「ナハトムジーク」がタイトルに入っていて、眠れない夜に頭の中を「まわる」様子が表現されている。「まわるまわるまわるまわるまわる」って繰り返して、スキャットっぽくなったり、シティポップみたいになったり、カオスな感じが繰り返していきます。

 楽さんに「エリさんはラップをした方がいいよ」と勧められてラップをすることになり、ラップの歌詞は私がしっかり言葉を選んで作詞しました。「まわる」をモチーフとしてメリーゴーランドや蚊取り線香などのアイテムをちりばめたり、「草木も眠る丑三つ時」のようなことわざを入れたりして、遊び尽くしました。

 この曲はこれまでと違う歌い方をしてみようということで、何より歌うのに苦労しました。楽さんにすごい練習させられました(笑)夜中に悩みながら優しく歌っている女性のイメージに、少しでも近づけていたらいいなあ。

Track 07. aiTai

 以前、私とは全く正反対の人に恋をしたんです。私は惚れやすい女なので、そのときも、向こうはともかく私はひとりで盛り上がっていて(笑)そんな恋の感情と、道を歩いていたら見つけたシャネルの広告のイメージが混ざって『aiTai』が生まれました。

 その恋のお相手は、西洋で生まれた人でした。私はもちろん、東洋で生まれた人。言葉も違うので、頑張って会話するんだけど、完璧には噛み合わない感じ。私は昭和のギャグとかレトロなものが好きな一方、その人はSFが好き。そういう、私とは正反対の相手に恋をしてもどかしい思いをしながら、帰り道に「あなたと私はまるでopposite」「二人でいるのにどこかloneliness」「触れたいのに」って、歌詞とメロディーが浮かんできました。ちなみに帰りの山手線も内回りと外回りでした(笑)

 彼のことを考えながら街を歩いていたら、月面でダンスをするマリオン・コティヤールのポスターがあった。シャネルの香水の広告でした。それを一目見て、「あ、これとセットにすればいいんだな」ってひらめいた。サビは明確だったんだけどAメロが出てこなくて、楽さんにシャネルの広告を見てもらったら、イメージをすぐ伴奏にしてくれて。浮遊感があって幻想的でロマンティックな情景が浮かび上がる冒頭部分が完成しました。恋した彼も香水をつけている人だったんです。独り海を見ながらあなたのことを思う。海の向こうにはあなたの国があって、空を見上げて月を見てたら、涙=月の雫がこぼれていく。そういうストーリーがぴったりきました。妄想力がすごい(笑)

 結局その人との恋が展開することはなかったけれど、すごくムードのある新鮮な曲に仕上がりました。バンドでやってもぴったりで、いいんですよね。

 

Track 08. 10 days late

 『10 days late』も恋の歌です。私はそんなに、考えずにラブソングを作れちゃうみたいなタイプではないけれど、惚れやすい女なので(笑)タイトル通り、「10日遅かった」せいで上手くいかなかった恋があったんです。もちろん『aiTai』の彼とは別の人。

 例によってすごく妄想がはかどっちゃって、その人と一緒に過ごす未来を夢見ていた。私はあまり急ぐタイプではないので、何度か会いながらも決定打はない状態でいたら、ある日、先を越されて別のお相手ができてしまった。そういうときって、それまでに私が勝手に思い描いていた、その人といた未来が全部打ち砕かれるんですよね。そんな傷心の日に電車で見た風景を、歌に描きました。

 10日で運命変わるんだなぁっていう、ずしーんとくる重さ。帰りに一人で乗る電車が一番つらかった。私、やっちゃったなあって。人生最大級の失敗をしてしまったという、やるせない気持ち。すごく傷ついているんだけど、「それも何かの運命」として片を付けるしかない。

 ただ、この曲は失恋ソングを作ろうと思って作ったわけではないんです。別の曲になるはずだった伴奏を聞き直しているときに、「遠くでした君の声 聞こえなくなる」というサビのフレーズがするすると出てきて。夕日が思い浮かび、電車に乗ってそれを見てるっていうイメージが固まってきたら、過去の失恋の記憶がよみがえってきた。というわけで、歌にしてやりました。歌にすると全部成仏できるな。最初にチーンってやってから演奏したいくらい(笑)

Track 09. 才能

 才能も、「才能!才能!」って、ミュージカル式に口ずさんで生まれた曲です。

 自分が得意なものとか熱中するものを、誰しも持っていると思います。それをどのくらい頑張るかは人それぞれだけど、私の場合、それを無視し続けていると絶対に疼き出す。もはや自分さえも突き動かしてくる、自分とは別ものみたいな存在を感じるんですよ。だんだん怖く見えてきて、まるで「獣」のように。私の場合、夜に暴れ出すし。そういうものを曲にしようと思って考えた結果、それはもしかしたら「才能」なのかなって。

 「毎日顔を合わせてるのに」制御できなくて、「自他場多騒ぐわ頭ん中で」。闇の中で血なまぐさい獣が暴れているような、赤と黒のスポットライトを浴びて叫んでる。ちょっとサイケデリックで、トリップしちゃいそうな感じ。これも、自分の世界にかなり向き合った曲になりました。 

Track 10. LOVE WILL WIN

 私が持っている、『LOVE WILL WIN』という文字が入ったキラキラしたロンT。ロンドンのノッティングヒルで買ったもので、着ているのを見たことある人もいると思うんですが、あれもこの曲が生まれるきっかけの一つでした。

 コロナ禍、家に引きこもりがちであまり人に会ったり外で遊んだりしない時期に、ウクライナで戦争が始まりましたよね。ネットには結構、ショックな情報も流れてきて、みんな色々な不安があった時期だったと思う。私も例に漏れず、戦争のニュースに日々晒されるうちに、いつのまにか酷く傷ついちゃったんですよね。気持ちを外に表現したくて、絵を描いたら、ひまわりを描こうとしているのに、どうしても火事みたいになっちゃったり。その時に、言葉のない声のメロディーが出来て、どんなテーマや歌詞にするか、考えていました。

 楽さんに、このことを相談したら、「周りの人を大切にすることじゃないですか」みたいな一言をくれて、本当にそうだなと思って。そこから、日常にある大切なひとを思うことをテーマに歌詞ができた。ノッティングヒルで見つけた『LOVE WILL WIN』のロンTを見て、戦争をはじめる人もいるけど、『LOVE WILL WIN』ってロンTに刺繍して世界にメッセージを送る人もいるんだなって勇気をもらって。

 誰かはみんな、他の誰かの愛しい人なら、すべての人は愛しい人どうしで繋がれるはず。言葉が通じなかったり、それぞれの利益を求めあったとしても、自分の愛しい人を大切にしたいという気持ちだけは通じるはずだって信じたい。「愛は勝つ」と信じていきたい。そんな思いを込めた、大切な曲です。

© 2024 by Singersongwriter Eri Taguchi

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